誰も彼もが疲れ果てストレス社会と呼ばれる現代。誰も彼もが癒しや救いを求め、色々なものに手を出しています。でも「癒し」って何でしょうね?「救い」ってどうやったらいいんでしょうか?
ドラマや小説では悩みに悩んで回り道をした主人公が、最後に本当の自分の居場所を見つけたり、真の幸福を手に入れたりします。では現実にそんな事ってあるでしょうか?
作られた世界の中には限界があります。制作者が定めた限度です。「これが幸せ、これが不幸」と決まった枠の中で、限られた物語が進行します。
ですが現実はどうでしょうか?様々な物差しが溢れ、多くの価値観が入り乱れています。限界があるようでなかったり、進展しているようで停滞したり、そうやって色々な物が交錯しています。
その中で作りものの世界で言われているような癒しや救いが見つかるものでしょうか?見つからないのではないでしょうか?
なぜなら、その癒しや救いを求めている人自身が、常に流動しているからです。昨日は「リラックスできることが私の幸せ」と思った人が、今は「常に向上心を持つ事が幸せだ」と考えているかも知れません。そうやって刻一刻と本人が変わっていくのですから、絶対的なものは存在しないのかも知れません。
確かに「これが幸せ、これが不幸」と決まっていたら楽でしょうね。プログラムのように1は絶対的に1で0は絶対的に0であれば、「これは定義に沿っていないから駄目、これは定義に沿っているからOK」と判断できます。
それはとても簡単で手軽です。でも、それって楽しいでしょうか?心は満たされるでしょうか?
そうした定義にこだわっていても、対外的な満足を得られるだけで自分自身の満足は得られないかも知れません。自分が本当に安らぐためには、人の言葉や物差しで判断するのではなく、自分で考えて答えを出さなければいけないのでしょう。
今週、貴方はルールや常識に乗っ取って行動するでしょう。けれどその結果はあまり芳しい物ではありません。それによって貴方は傷ついたり悲しんだりするかも知れません。
でもね、落ち込むのは早いですよ。貴方が求めたものは決まった枠に沿って求めたものです。それを手に入れる為の正当な努力や強く求める心があってのものではないでしょう。
「○○だから○○してくれるはず」と言った前提で話しを進めても、それに見合った経過がなければ上手くいかないでしょう。もし拒否された時には、今までのプロセスを振り返ってみましょう。どこかで大切な事を見落としていませんか?
カード:カップの8(R)、女帝(R)、運命の輪(R)
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